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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)13506号 判決

原告

【A】

原告

株式会社ハイパックシステム

右代表者代表取締役

【A】

右両名訴訟代理人弁護士

松本司

村林隆一

被告

株式会社コバヤシ

右代表者代表取締役

【B】

右訴訟代理人弁護士

伊藤真

右補佐人弁理士

【C】

主文

一  被告は、原告【A】に対し、金三四九〇万二八四〇円及びこれに対する平成九年一月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告株式会社ハイパックシステムに対し、金七九六三万四七九七円及びこれに対する平成九年一月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告株式会社ハイパックシステムのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、原告【A】に生じた全費用、原告株式会社ハイパックシステムに生じた費用の五分の一及び被告に生じた費用の四分の三を被告の負担とし、原告株式会社ハイパックシステム及び被告に生じたその余の費用を原告株式会社ハイパックシステムの負担とする。

五  この判決の第一項及び第二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  主文第一項同旨。

二  被告は、原告株式会社ハイパックシステムに対し、金四億円及びこれに対する平成九年一月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(以下、原告【A】を「原告【A】」と、原告株式会社ハイパックシステムを「原告会社」という。また、書証の掲記は「甲1」などと略称し、枝番号のすべてを含む場合はその表示を省略する。)

第二  事案の概要

一  基礎となる事実(いずれも争いがないか弁論の全趣旨により認められる。)

1  原告【A】の実用新案権

原告【A】は、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という)を有していた(存続期間満了日平成六年四月一一日)。

(一) 考案の名称  包装用トレー

(二) 出願日  昭和五四年四月一一日(実願昭五四ー四八八六六号)

(三) 公告日  昭和六二年四月一七日(実公昭六二ー一五一五五号)

(四) 登録日  昭和六二年一二月二一日

(五) 登録番号  第一七一二三二〇号

(六) 実用新案登録請求の範囲

本件実用新案権の実用新案登録出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の実用新案登録請求の範囲の記載は、別添実用新案公報(以下「本件公報」という。)中の「実用新案登録請求の範囲」欄記載のとおりである。

2  本件考案の構成要件の分説

本件考案の構成要件は、次のとおり分説するのが相当である。

A(1) 被包装物を盛付けしたトレーの上面にストレッチフィルムをオーバーラップして糊付面に接着させたのち

(2) トレーの周囲上縁の近傍でフィルムを切断して

(3) 包装体を形成するために使用するトレーであって、

B(1) 平坦な底板と、

(2) 上記底板の周囲から上方へ拡開傾斜して一体に延長された周壁と、

(3) 上記周壁の上部外側面全周に形成された略垂直な接着剤塗布面とを具備し、

C 上記トレーの接着剤塗布面を、多数個のトレーを重ね合わせたとき、各トレーの接着剤塗布面が露呈して連続した略垂直な面として柱状を呈する如く形成したことを特徴とする

D 包装用トレー

3  被告の行為

被告は、平成元年四月一日から平成六年四月一一日までの間、ほんしめじ用の包装用トレーを製造・販売していた(以下、右包装用トレーを「被告トレー」という。)。

4  被告トレーと本件考案の関係

被告トレーは、本件考案の構成要件A、B(2)及びDを充足する。

二  原告らの請求

本件は、原告らが、被告に対し、被告トレーは本件考案の技術的範囲に属するから、それらの製造・販売は本件実用新案権を侵害するとして、〈1〉原告【A】は本件実用新案権に基づき、不当利得返還請求として、平成元年四月一日から平成三年一二月三一日までの間の被告トレーの製造・販売に対する実施料相当額の支払を求め、〈2〉原告会社は、本件実用新案権の独占的通常実施権に基づき、不法行為に基づく損害賠償請求として、平成四年一月一日から平成六年四月一一日までの間の被告トレーの製造・販売による損害金の支払を求めた事案である。

三  争点

1  被告トレーの特定

2  被告トレーは本件考案の構成要件B(1)(3)及びCを充足するか。

3  原告らは、被告に対し、被告トレーの製造・販売を承認したか。また、被告に過失があるか。

4  原告会社は、本件実用新案権について独占的通常実施権を有しており、被告に対し、本件実用権侵害について損害賠償を請求し得る地位にあるか。

5  被告トレーの製造・販売が本件実用新案権を侵害する場合に、原告らが被告に対して支払を求め得る金員の額。

第三  争点に関する当事者の主張

一  争点1(被告トレーの特定)について

【原告らの主張】

被告トレーの構造は、別紙物件目録記載のとおりに特定すべきである。

【被告の主張】

別紙物件目録による被告トレーの特定については、同目録中の傍線部分を除いて認める。

別紙物件目録中の傍線部分については、「垂直線に対して五・九度ないし七・六度傾斜した」とすべきである。

二  争点2(被告トレーは本件考案の構成要件B(1)(3)及びCを充足するか)について

【被告の主張】

以下に述べるとおり、被告トレーは、本件考案の構成要件のうち、B(1)の「平坦な底板」、B(3)の「略垂直な接着剤塗布面」、Cの「各トレーの接着剤塗布面が露呈して連続した略垂直な面として柱状を呈する」との要件を満たさない。

1 本件考案の作用効果からの検討(構成要件Cについて)

(一) 本件考案の作用効果は、「上記トレーの接着剤塗布面を、多数個のトレーを重ね合わせたとき、各トレーの接着剤塗布面が露呈して連続した略垂直な面として柱状を呈する如く形成したから、接着剤を塗布するに当って、多数のトレーを重ね合せると、各トレーの周壁は、上部を除く大部分が重合し合って隠れ、各トレーの周壁外周面上部の立った接着剤塗布面のみが角柱の外周として整然と配列露出し、接着剤塗布ローラ等によって上記各トレーの接着剤塗布面のみに一斉にかつ、容易に接着剤を塗布することができ、接着剤の塗布作業が極めて容易となると共に、塗布作業能率を向上させることができる」(本件公報6欄41行目以下)との点にある。

(二) このような作用効果からすれば、構成要件Cの「各トレーの接着剤塗布面が露呈して連続した略垂直な面として柱状を呈する」との要件は、「各トレーの接着剤塗布面が[整然と配列した状態で]露呈して連続した略垂直な面として[接着剤塗布ローラによって上記各トレーの接着剤塗布面のみに一斉に接着剤を塗布することができる]柱状を呈する」と[ ]を補充して解釈すべきである。

(三) 他方、被告トレーは、接着剤塗布面が争点1に関する被告の主張のとおり傾斜しており、また、接着剤塗布面は長縁において弧を描いて外側に膨らんでいるため、被告トレーを多数重ね合わせたとき、各トレーの接着剤塗布面が塗布ローラの軸線と略平行になることも、塗布ローラの全長にわたって当接密着することもなく、そのため、塗布ローラによって接着剤塗布面のみに一斉に接着剤を塗布することができず、長縁両側部に塗布する接着剤の量が不足しがちになり、ストレッチフィルムが剥離するおそれが生じる。

他方、あえて塗布ローラによって接着剤塗布面に接着剤を塗布しようとすれば、塗布ローラを被告トレーに押しつけることになるが、それでは被告トレーの重なり状態に歪みが生じ、接着剤塗布面のみに均等かつ良好に接着剤を塗布することができないし、外側に膨らんでいる長縁中央部には多量の接着剤が付着するため、トレーの口側内部に接着剤が付着したり、弾性変形が元に戻る際に接着剤が口縁に回り込むなど、接着剤塗布面以外に接着剤が塗布してしまう。

このため被告では、被告トレーに対する接着剤の塗布を吹き付けによって行っている。

(四) 被告トレーがこのような構造をとっているのは、トレー内部に入れたしめじが包装後に呼吸・成長することによってストレッチフィルムに張力がかかり、そのために接着剤塗布面に変形圧力がかかった場合でも、接着剤塗布面を傾斜させ、かつ弧を描いて外側に膨らませておけば、接着剤塗布面が内側にRを描くような大きな変形が生じることがなく、ストレッチフィルムが剥がれることがないからである。

(五) したがって、被告トレーは、構成要件Cを満たさない。

2 構成要件B(1)について

同様に、被告トレーは、底板の中央部が緩やかに上方に湾曲しているが、これは、包装後のしめじの成長によってストレッチフィルムが押し上げられた場合には接着剤塗布面が変形し、ストレッチフィルムが剥がれるおそれがあることから、底板を凸状とし、成長したしめじがこの凸部を下方に押し下げることができるようにすることにより、接着剤塗布面の変形を極力防止するためである。

被告トレーの底部がこのような技術的意義を有している点は、無視できない相違点であり、被告トレーは構成要件B(1)の「平坦な底板」との要件を満たさない。

3 出願経過からの検討(構成要件B(3)及びCについて)

(一) 本件考案は、出願後、昭和六一年一二月九日付けで手続補正書が提出され、〈1〉実用新案登録請求の範囲の記載を含む明細書の記載中、接着剤塗布面の傾斜角度について「垂直」とされていたものが「略垂直」と補正され、〈2〉接着剤塗布面が傾斜した「変形例」を示す「第7図A」及び「第8図A」が加えられた。

しかし、出願当初の明細書の記載及び図面では、接着剤塗布面の傾斜角度は「垂直」と明記されており、垂直であるからこそ塗布ローラによる能率的な塗布が可能になるものと説明されている。したがって、出願当初の明細書から、接着剤塗布面の傾斜角度が「垂直以外」の場合が自明なものとして開示されていたということはできない。

したがって、右補正は要旨変更に該当するというべきであるが、仮にそうでないとしても、構成要件B(3)及びCの「略垂直」とは、本件実用新案権の登録無効審判について平成八年一二月一〇日に特許庁がした審決で示されているとおり、製作誤差等の実際の製作に当たって避けられない誤差範囲を限界にして実質上垂直な面を意味するものと限定して解釈すべきであり、接着面の重ね合わせ面に著しい段差が生じず、接着剤の一斉、均等、容易な塗布に特段の支障のない場合に限定すべきであり、それ以上の積極的な傾斜面までを含むものではないと解すべきである。

(二) 他方、被告トレーの接着剤塗布面の傾斜角度は五・九度ないし七・六度であって、製作に当たって避けられない誤差の範囲内とはいえず(ちなみに本件考案の実施品である原告会社製のトレー〔以下「原告トレー」という。〕の傾斜角度は一・六九度である。)、そのために接着剤塗布面の重ね合わせ面に著しい段差が生じ、塗布ローラによって接着剤を均等に塗布することはできない。さらに、被告トレーの接着剤塗布面の傾斜は、包装後のしめじの成長によるトレーの変形を防止するために設けられた積極的な傾斜面である。

(三) したがって、被告トレーは、本件考案の構成要件B(3)及びCの「略垂直」との要件を満たさない。

【原告らの主張】

1 作用効果からの検討(構成要件C)について

本件考案の重要な効果が被告主張(前記1(一))のとおりであることは認める。しかし、右の作用効果を奏するためには、トレーの接着剤塗布面が「略垂直」であればよいのであり、本件公報第7図A及びB、第8図A及びBの「変形例」で示されているように、接着剤塗布面が傾斜していたり、すきまがある場合でも、接着剤塗布ローラ等によって多数重ね合わせたトレーの接着剤塗布面のみを一斉にかつ容易に接着剤を塗布することができる構成であれば、本件考案の構成要件Cを満たす。

そして、被告トレーは、塗布ローラとしてスポンジローラを使用した場合、多数個の被告トレーを重ね合わせてその接着剤塗布面のみに一斉かつ容易に接着剤を塗布することが可能である。

したがって、被告トレーは、本件考案の構成要件Cを満たす。

2 構成要件B(1)について

被告トレーの底面は、中央部が緩やかに上方に湾曲しているが、これは「底面が平坦」と評価することができる程度のものにすぎない。

仮にそうでないとしても、先に被告が主張する本件考案の作用効果とは何ら関係がない部分であって、構成要件B(1)とは設計上の微差にすぎない。

したがって、被告トレーは、本件考案の構成要件B(1)を満たす。

3 出願経過からの検討(構成要件B(3)及びC)について

(一) 本件考案について、被告主張の手続補正書による補正がなされたことは認めるが、出願当初の明細書における実用新案登録請求の範囲の記載は、「被包装物を盛付けしたトレーの上面にストレッチフィルムをオーバーラップして包装するためのトレーであって、トレーの開口部周縁の外側周面にフィルムとの接着性の良好な接着剤を塗布したことを特徴とする包装用トレー」とあるにすぎず、接着剤塗布面の傾斜角度が「垂直」に限定されていたわけではない。

また、出願当初の明細書における実施例としては、いずれも文言上は接着剤塗布面の傾斜角度を「垂直」とした例が開示されているが、これは実施例の記載にすぎない上、接着剤塗布面を「垂直」にする理由は、トレーを多数積み重ねたとき、接着剤塗布面を整然と配列露出させることにより、塗布ローラで接着剤を一斉に塗布することを可能とするためであり、接着剤の塗布に使用されるローラがスポンジローラ又はフェルトローラであることを考えれば、接着剤塗布面の傾斜角度が厳密に「垂直」でなくとも、また、積み重ねたときに多少隙間が生じても、接着剤塗布面に塗布ローラによって一斉に接着剤を塗布することが可能であることは、当業者にとって周知の事実である。

このように、本件考案における接着剤塗布面の傾斜角度が「略垂直」を含むものであり、トレーを重ね合わせた際に接着剤をローラ等により一斉かつ容易に塗布できる実質的に垂直な角度であれば足りることは、出願当初の明細書に示されていたのであるから、右補正が要旨変更である旨の被告の主張は理由がない。

(二) そして被告トレーの接着剤塗布面の傾斜角度は、争点1に関する原告らの主張のとおり、垂直面に対して約二・四度であり、被告トレーを多数重ね合わせた際に塗布ローラによって接着剤塗布面に接着剤を一斉かつ容易に塗布できるのであるから、被告トレーは、本件考案の構成要件B(3)及びCの「略垂直」の要件を満たす。

三  争点3(原告らは、被告に対し、被告トレーの製造・販売を承認したか。また、被告に過失があるか)について

【被告の主張】

1 従来、原告会社は、訴外株式会社デンカポリマー(以下「デンカポリマー」という。)及び同長野ノバフォーム株式会社(以下「長野ノバフォーム」という。)と一体となって「ほんしめじ用の包装用トレー」(原告トレー)を製造して、長野県経済事業農業協同組合連合会(以下「長野経済連」という。)に販売し、長野経済連から長野県下の各農協に販売されていた。しかし、長野県内におけるほんしめじの生産・出荷量が急激に伸びたため、原告らのみに包装用トレーを供給させていたのでは、安定供給に問題が生じた。また、原告トレーには、ストレッチフィルムが剥がれやすい等の問題点が指摘されていた。

2 このため、被告は、長野ノバフォーム及び長野経済連からの強い要請を受けて、被告トレーを開発し、平成元年四月から伊南農協片桐支所等の六農協・支所に対して被告トレーを販売したものであり、この点については原告らは承諾をしていた。

3 原告らが具体的な承諾をしていなかったとしても、原告らは、長野ノバフォームに三社の協働体制の対外的な交渉を委ねていたのであるから、同社が被告に対して特定の六農協・支所への被告トレーの販売を許諾することは、右による権限付与の範囲内に属する。

4 仮にそうでないとしても、原告らは、長野ノバフォームに対して、三社の協働体制の対外的な交渉を委ねていたのであるから、特定の六農協・支所への被告トレーの販売を許諾する権限を有していると被告が信じたことに過失はない。

【原告らの主張】

1 被告の主張は否認する。

2 従前、本件考案の実施品である原告トレーの約半数を、デンカポリマーが製造し、原告会社が糊付けし、長野ノバフォームが長野経済連に販売していたことは被告主張のとおりであるが、それに限られず、残る半数は、原告会社が右包装用トレーを単独で製造販売し、又は販売のみ長野ノバフォームが担当していた。

また、被告が長野ノバフォーム及び長野経済連から被告トレーの製造・販売を要請されたとの点は否認する。原告会社には充分な供給能力があったし、品質にも問題はなかった。

さらに、長野ノバフォーム自体、被告による被告トレーの製造・販売を許諾したことはないし、原告らが長野ノバフォームにそのような許諾権限を与えたこともない。

四  争点4(原告会社は、被告に対し、本件実用権侵害について損害賠償を請求し得る地位にあるか)について

【原告らの主張】

原告会社は、本件実用新案権について独占的通常実施権の設定を受けた者であるから、それを侵害した被告に対し、損害賠償を請求する資格を有する。

【被告の主張】

(一) 原告会社の独占的通常実施権については知らない。

(二) 実用新案権の侵害に対して損害賠償を請求し得る者は、実用新案権者又はその専用実施権者に限られるところ、原告会社はそのいずれでもないから、被告に対し、損害賠償を請求し得る資格を欠く。

五  争点5(被告トレーの製造・販売が本件実用新案権を侵害する場合に、原告らが被告に対して支払を求め得る金員の額)について

【原告らの主張】

1 原告【A】の不当利得返還請求について

(一) 被告は、平成元年四月一日から平成三年一二月三一日までの間、被告トレーを合計一億七四五一万四二〇〇枚、六億三八八二万九〇三〇円にて販売した。

(二) 本件考案の実施料相当額は、一枚当たり〇・二円が相当である。

(三) したがって、原告【A】が被告に対して請求し得る不当利得返還請求額は、三四九〇万二八四〇円(174,514,200×0.2)である。

2 原告会社の損害賠償請求について

(一) 主位的請求(実用新案法二九条二項〔平成一〇年法律第五一号による改正後のもの。以下同じ。〕)

(1) 被告は、平成四年一月一日から平成六年四月一一日までの間、被告トレーを次のとおり販売した。

ア 平成四年一月一日から同年一二月三一日まで

単価三・七五八円にて、合計一億一五七八万三五〇〇枚

イ 平成五年一月一日から同年一二月三一日まで

単価三・七一四円にて、合計一億二〇三八万八八〇〇枚

ウ 平成六年一月一日から同年四月一一日まで

単価三・五五六円にて、合計三三五七万四八〇〇枚

(2) また、実用新案法二九条二項の「利益の額」とは、売上高から製造原価(ないし仕入原価)を控除した粗利益額から、さらに当該売上を得るために必要とされた経費(必要経費)を控除した利益額であると解されるが、この必要経費とは、当該侵害製品を製造販売したとするならば追加的に出捐せざるを得ない経費に限定されるべきものである。例えば、侵害者の取り扱う他製品のためにも要する費用を侵害品と他製品の売上高割合で按分して、侵害品の粗利益から控除すべきではない。また、侵害者の経営方法が悪いために無用な経費を支出している場合にも、そのような費用は控除されるべきではない。さらに、粗利益から控除する費用の主張立証責任は、被告が負担するものと解すべきである。

本件では、被告は、被告トレーの製造販売に要する経費について別表1のとおり被告トレーの製造販売による利益はない(逆に赤字が生じている)と主張するが、被告は被告トレーの製造販売量を年々増加させていっていることに照らせば、およそ信用ができない上に、被告トレーの製造販売とは直接関係のない経費も経費として算定している。

このように被告主張による利益額(損失額)はおよそ信用できないので、本件において被告トレーの製造販売に要した経費の額は、原告会社が要するものと同額の一・六六一円(別表2)と推定すべきである。

(3) したがって、原告会社が被告に対して請求し得る損害額は、次のアないしウの合計である五億五三五七万八六〇四円である。

ア 平成四年一月一日から同年一二月三一日まで

二億四二七七万九六六七円([3.758-1.661]×115,783,500)

イ 平成五年一月一日から同年一二月三一日まで

二億四七一七万八四〇四円([3.714-1.661]×120,388,800)

ウ 平成六年一月一日から同年四月一一日まで

六三六二万〇五三三円([3.556-1.661]×33,574,800)

(二) 予備的請求1(実用新案法二九条一項又は民法七〇九条)

(1) 被告トレーの販売期間及び販売量については、(一)(1)に同じ。

(2) 右期間中、本件考案の実施品を製造販売していたのは、原告会社(長野ノバフォーム販売に係る分を含む。)、被告及び訴外日本ザンパック株式会社(以下「日本ザンパック」という。)のみであり、いずれも長野経済連に対してのみ販売されていた。

右のうち、被告及び日本ザンパックは、原告らの許諾を得ずに本件考案の実施品を販売していたものであるが、日本ザンパックとは後に示談が成立した。

したがって、右の期間中、被告が被告トレーの製造・販売をしなければ、それだけ原告トレーが販売されていたことになる。

また、原告会社は、(1)の被告の製造販売量程度のトレーは、十分に製造販売し得る能力を持っていた。

(3) 原告会社は、原告トレーを製造し、長野ノバフォームを通じて長野経済連に販売することによって、別表2の1のとおり一枚当たり一・五三九円の利益(販売単価三・二円、経費一・六六一円)があった。

(4) また、原告会社は、デンカポリマーが製造した原告トレーに糊付加工を施し、これを長野ノバフォームが長野経済連に販売することによって、表2の2のとおり一枚当たり〇・七〇五円の利益があった。

(5) したがって、原告会社が請求し得る損害額は、四億一五一四万〇七八六円(1.539×269,747,100)又は一億九〇一七万一七〇五円(0.705×269,747,100)である。

(三) 予備的請求2(実用新案法二九条三項)

(1) 被告トレーの販売期間及び販売量については、(一)(1)に同じ。

(2) 本件考案の実施料相当額は、一枚当たり〇・二円が相当である。

(3) したがって、原告会社が被告に対して支払を求め得る実施料相当額は、五三九四万九四二〇円(0.2×269,747,100)である。

【被告の主張】

1 原告【A】の不当利得返還請求について

(一) 原告ら主張の金額は争う。

(二) 原告ら主張に係る本件考案の実施料相当額である一枚当たり〇・二円は、〈1〉販売単価の約五パーセント強であり、一般相場と比べて不当に高額であること、〈2〉被告による被告トレーの販売は、原告トレーの品質や供給力を問題視した長野経済連などからの要請に基づく特殊事情に基づくものであること、〈3〉プラスチック加工業界における純利益率はせいぜい三パーセントにとどまり、原告会社の純利益率も一パーセント程度にとどまること、〈4〉本件トレーに収容されるしめじ本体の菌に関する実施料は販売額の約一・八パーセントにとどまること、〈5〉原告自身、日本ザンパックとの和解契約においては、ロイヤリティを一枚当たり〇・一円としていることに照らし、妥当性を欠く。

2 原告会社の損害賠償請求について

(一) 主位的請求(実用新案法二九条二項)について

(1) 原告ら主張の損害額は争う。

(2) 被告の単位利益は表1のとおりであって、被告は被告トレーの製造販売によって利益を受けておらず、かえって損失が生じている。

原告らは、このように損失が生じている点を信用できないとするが、被告は、長野経済連と各種農業資材の取引を行っており、生産者から期待されている以上、たとえ損失が発生しても供給を行うことが社会的責任であると考えている。被告トレーが赤字を計上していることは、被告社内でも問題とされているのであって、この損失は、他の商品による利益で何とか補填しているのが実情である。

(3) 原告らは、原告会社トレー一枚当たり表2のとおりの利益があると主張しているが、まず、原告会社の利益率は一パーセント程度にすぎない。したがって、原告会社が主張する原告トレー一枚当たりの利益額(率に換算すると五〇パーセントを超える。)は信用できない。

また、女性パートタイマーを中心とした数人の従業員で主として本件トレーの製造を行っている原告会社と、約二五〇名もの従業員を擁するプラスチックの総合企業とでは、人件費等の額は全く異なるのであって、原告会社の利益額をもって被告の利益額と推定することは到底できない。

(4) 被告が被告トレーを製造・販売するようになった経緯は、争点3に関する被告の主張のとおりであって、原告らの供給能力不足に端を発し、長野経済連からの強い要請を受けてのものであったから、被告が被告トレーの製造販売を行わなかったならば、その分だけ原告トレーが販売されていたはずであるとの前提は不当である。

(二) 予備的請求1(民法七〇九条又は実用新案法二九条一項)について

(1) 原告主張の損害額は争う。

(3) 原告トレーの一枚当たりの利益額について、(一)(3)(4)に同じ。

(三) 予備的請求2(実用新案法二九条三項)について

(1) 原告主張の損害額は争う。

(2) 実施料相当額について、1(二)に同じ。

第四  当裁判所の判断

一  争点1(被告トレーの特定)について

1  被告トレーの構成が、接着剤塗布面11aの傾斜角度を除き、別紙物件目録のとおりであることは、当事者間に争いがない。

2  そこで、被告トレーの接着剤塗布面の傾斜角度について検討する。

(一) 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 被告トレーを製造する金型においては、右傾斜角度は、〇・五㎜に対して一二㎜の立ち上がり(約二・四度の傾斜)とされている(乙1)。

(2) 原告らが平成七年九月初めに箱詰めのまま入手した被告トレー(検甲8。その開封時の状況を撮影した写真が検甲6及び7)及び同じく平成九年九月ころに箱詰めのまま入手した被告トレー(検甲12)の各三サンプルずつについて、平成九年一〇月六日に接着剤塗布面の傾斜角度を測定したところ、次のような結果であった(鑑定人【D】の鑑定)。

ア 検甲8の被告トレーについて

平均  最小  最大

短縁中央付近(測定位置〈1〉) 三・二度  一・八度  五・八度

隅部  (測定位置〈2〉) 一・〇度 〇・一度 一・五度

長縁中央付近(測定位置〈4〉) 六・五度  五・九度 七・四度

イ 検甲12の被告トレーについて

平均  最小  最大

短縁中央付近(測定位置〈1〉) 二・五度  一・〇度  三・三度

隅部  (測定位置〈2〉) 〇・七度 〇・三度 〇・九度

長縁中央付近(測定位置〈4〉) 六・七度  五・九度 七・六度

(3) 原告らが平成一〇年四月に検甲8の被告トレー(ただし鑑定に供したものとは異なるサンプル一個)について、接着剤塗布面の傾斜角度を測定したところ、次のような結果であった(甲19)。

長縁中央付近A(測定位置〈9〉) 八・四度

長縁中央付近B(測定位置〈10〉) 九・〇度

隅部   〇・四度

(二) これらに基づいて原告らは、接着剤塗布面の傾斜角度は成形後、時間の経過と共に拡大していくから、被告トレーの特定は製造後間もない時期のものとして特定すべきであり、それは金型の傾斜角度である二・四度であると主張する。しかし、プラスチック成型において、成型物の傾斜角度が必ずしも金型と同一にならないことは通常生じ得るところである上に、右に見たように、検甲8と検甲12における接着剤塗布面の傾斜角度は、各証拠の入手時期が約二年も離れているにもかかわらず、大差がないのであるから、原告らの右主張は採用できない。(一)(3)の測定結果は、経時的な変化というよりも、サンプル相互間の個体差と考えられる。

他方、被告は、被告トレーの接着剤塗布面の傾斜角度の特定として、長縁中央付近(測定位置〈4〉)の測定結果を採用すべきであると主張する。しかし、接着剤塗布面は全周にわたって存在し、前記のように測定個所によってばらつきがある以上、そのうちの一箇所のみを選定して特定するのは適当でない。

(三) 以上からすれば、被告トレーの特定としては、成型時の基準値である金型の角度と並んで、実際の傾斜角度については、鑑定結果を基礎とし、短縁中央付近、隅部及び長縁中央付近のそれぞれについて、平均値をもって特定するのが相当である。そして、それによれば、「約二・四度外側に傾斜した金型によって製造され、短縁中央付近においては約二・八度、隅部においては約〇・八度、長縁中央付近においては約六・六度外側に傾斜した」とすべきである。

二  争点2(被告トレーは本件考案の構成要件B(1)(3)及びCを充足するか)について

1  まず、被告トレーが本件考案の構成要件B(3)及びCを充足するかについて検討する。

(一) 甲2によれば、本件明細書には、従来技術の問題点及び本件考案の目的として、次のようなことが記載されていることが認められる。

(1) スーパーマーケット等において、肉、魚等の包装用としてストレッチフィルムをトレー上にオーバーラップした包装用トレーが一般に使用されているが、「この種従来の包装用トレーは、トレー全体をストレッチフィルムで包み、そのトレーの裏側において、前記フィルムを二重、三重に重ね合せ、かつ、フィルムの自己粘着性を利用してシールしていた。これであるとトレーの開口面積の二~三倍の面積のフィルムが必要となり、従って、省資源の叫ばれている今日では非常に無駄であると共に、その重ね合せ部分には皺ができ、この部分から汁が浸出してきてひどい場合は、そのシールがバラケたりしていた。更に、上記包装用トレーはその裏側までフィルムが重ね合せられているため、それに掛る作業時間が過大となり、能率の低下につながり好ましくなかった。」(本件公報1欄16行目以下)

(2) 「本考案は、従来の包装用トレーの上記の欠点に鑑み、これらを改良除去したもので、即ち、トレーの材質に関係なくフィルムを皺なく確実強固に密着させて包装することができ、しかも、フィルムの使用量を減少させることができ、特に食品衛生上にも問題がなく、作業性及び取扱い性に優れ、外観的にも良好な包装形態が得られる包装用トレーを提供せんとするものである。」(本件公報2欄5行目以下)

(二) さらに、甲2によれば、本件明細書の考案の詳細な説明中に次の記載のあることが認められる。

(1) 「本考案は、トレー1の周壁1cの上部外側全周の略垂直な接着剤塗布面1aあるいは1a'にストレッチフィルムと良好な接着性を有する接着剤2を塗布しておくものであって、これにより、強固な包装形態が得られるものである。」(本件公報3欄11行目以下)

(2) 「上記接着剤2をトレー1に塗布するには、第3図、第7図、および、第8図に示す様にトレー1を数十枚~数百枚積み重ね、このトレー群を塗布ローラ5に押し付けて塗布するものである。即ち、第7図に示す如く、多数個のトレー1を重ね合せると、下側のトレー1'の周壁1c'の内面に上側のトレー1の周壁1cの外面が重り、この際、各トレーの周壁上部外側面の略垂直な接着剤塗布面1a、1aが重り合うことなく露呈し、その結果、全体として第3図に示す如く柱状を呈し、従って多数個のトレーを重ね合せたままで、各トレーの接着剤塗布面に容易確実、かつ、良好に接着剤を塗布することができる。特に各トレーの接着剤塗布面は一連の略垂直な面となるため、塗布ローラ5の軸線と略平行な面となり、該塗布ローラの外周面の全長にわたって当接密着させることができ、接着剤2を均等、かつ、良好に塗布することができる。」(本件公報3欄33行目以下)

(3) 「このようにトレー1を多数積み重ねて簡単かつ能率的に接着剤2を塗布できる利点は、接着剤2をトレー1の周壁1cの上部外側面全周に形成された略垂直な接着剤塗布面1aに塗布することによって生ずる効果である。」(本件公報4欄7行目以下)

(4) 「上記のような接着剤の塗布が可能となるのは、トレー1の開口部周縁の外側周面を略垂直としてあるためで、これにより、前記垂直部分が整然と配列露出し、これにより、前記塗布機による能率的な塗布が可能となる。」(本件公報4欄21行目)

(5) 「なお、第7図Aは第1図のトレーにおいて、接着剤塗布面1aが若干傾斜しているトレーを重ね合せた状態を示し、第7図Bは重ね合せた状態で若干スキマ1がある状態を示す。いずれの場合おいて接着剤の塗布は可能である。また、第8図は略垂直な接着剤塗布面1a'をトレーの周壁1cの上部外側面全周に直接形成した場合のトレー群を示す。そして、第8図Aは塗布面1a'が若干傾斜しているものを示し、第8図Bは隣位の塗布面間に若干のスキマ1があるものを示す。」(本件公報4欄30行目以下)

(6) この考案は実用新案登録請求の範囲記載の構成を採用したから、「接着剤を塗布するに当って、多数のトレーを重ね合せると、各トレーの周壁は、上部を除く大部分が重合し合って隠れ、各トレーの周壁外周面上部の立った接着剤塗布面のみが角柱の外周として整然と配列露出し、接着剤塗布ローラ等によって上記各トレーの接着剤塗布面のみに一斉にかつ、容易に接着剤を塗布することができ、接着剤の塗布作業が極めて容易となると共に、塗布作業能率を向上させることができる。」

(本件公報6欄44行目)

(7) 「また、上記のようにトレーの周壁上部側面に接着剤を塗布してあることにより、明細書記載の包装方法によると、トレー上にオーバーラップされるフィルムの使用量を減少させ、皺なく包装させ得ると共に、トレーへの食品の盛付け時、食品が接着剤に触れることもなく、衛生的で美麗な包装品が得られる。」(本件公報7欄10行目以下)

(三) また、甲6(乙12と同じ)、甲18、乙66、乙67によれば次の事実が認められる。

(1) 本件考案の出願当時、周壁の上端に水平フランジを設け、更にその外側に垂直フランジ(又は傾斜フランジ)を設ける包装用トレーは周知のものであった。

(2) 本件考案の出願当時、トレーの水平フランジの上面にラップフィルムを装着して固定する包装体も周知のものであった。

(3) (1)の包装用トレーにおいて、垂直フランジとトレー本体部との形状・構造が、多数の空のトレーをはめて重ねたとき、垂直フランジが順次積み重ねられて、その外面によって連続した柱状が形成されるようにすることは、本件考案の出願当時周知であった。

(4) シート等の接着面に接着剤を塗布するについて、多数のシートの接着面をずらして重ね、その接着面に一括して接着剤を塗布することにより、能率的に多数のシートの定められた面に接着剤を塗布する技術は、本件考案の出願当時周知であった。

(5) 包装用トレーにおけるラップフィルムの接着面として、垂直フランジの外側のみを用いるという技術は、本件考案の出願当時、公知ではなかった。

(四) 以上からすれば、本件考案の特徴は、包装用トレーにおけるストレッチフィルムの接着面として、垂直(略垂直を含む。)フランジの外側のみを用いることとし(構成要件B(3))、かつ、多数個のトレーを重ね合わせたときに、各トレーの接着剤塗布面が露呈して連続した略垂直な面として柱状を呈するように形成したこと(構成要件C)にあり、それによって、トレー内部に食品を盛り付ける際に、食品が接着剤に触れることもなく、衛生的であるとともに、多数個のトレーを重ね合わせたままで、接着剤塗布面のみに一斉、均等かつ容易に接着剤を塗布することができるという効果を有するものであると認められる。もっとも、このような接着剤の能率的な塗布方法自体は、前記(三)(4)に照らせば、他の物品については本件出願前から周知の技術であったといえるが、包装用トレーにおいては、先に述べた本件考案の特徴である垂直フランジの外側のみを接着剤塗布面とするという構成を採用したことによって初めて可能となったものと考えられる。

そして、このような構成要件B(3)及びCの位置づけからすれば、構成要件Cにおける「各トレーの接着剤塗布面が露呈して連続して略垂直な面として柱状を呈する」とは、多数個の重ね合わせたトレー群に対し、外側面の接着剤塗布面のみに一斉、均等かつ容易に接着剤を塗布できる程度に接着剤塗布面が露呈・連続している状態であれば足り、それに支障がない程度の隙間や凹凸が存在することを許容するものであると解するのが相当である。また、構成要件B(3)の「略垂直な接着剤塗布面」とは、トレーを重ね合わせたときに、右のようにして接着剤を塗布することが可能な程度に垂直に近い接着剤塗布面を意味するものと解するのが相当である。

(五) この点について被告は、構成要件B(3)の「略垂直」とは、製作誤差等の実際の製作に当たって避けられない誤差範囲を限界にして実質上垂直な面を意味するものと限定して解釈すべきであり、それ以上の積極的な傾斜面までを含むものではなく、このように限定しない場合には、本件出願過程における手続補正が要旨変更に該当することになると主張し、被告トレーにおける接着剤塗布面の傾斜角度は製作誤差を超える数値である上に、被告トレーの接着剤塗布面は、トレーの変形防止という積極的目的のために傾斜を付していることから、右「略垂直」の要件を満たさないと主張する。そして、被告も引用する平生八年一二月一〇日に特許庁が本件考案に対する無効審判請求事件についてした審決(乙31)は、本件考案の「略垂直な面」は製作誤差、型成型物であることによる等の、実際の製作に当たって避けられない誤差範囲を限界にして実質上垂直な面を意味するものと解するのが相当であると説示している。

しかし、前記のような多数個の重ね合わせたトレー群に対し、外側面の接着剤塗布面のみに一斉、均等かつ容易に接着剤を塗布できるか否かという観点から見た場合、接着剤塗布面が純然たる垂直になっているのが最適であるとはいえるが、垂直から多少離れた場合にも右の効果を奏し得る余地があることは明らかであり、そうである以上、「略垂直」の範囲を、純然たる垂直を基点とした製作誤差によって限界づけることは相当でない。

また、同様の観点から見た場合、被告トレーの接着剤塗布面の傾斜に他の積極的な目的があるとしても、そのことは別段、右要件の充足の判断に当たって影響を及ぼすものではないというべきである。

さらに被告は、要旨変更の可能性を指摘するところ、乙9によれば、本件考案の出願当初の願書に添付された明細書においては、現在の明細書の考案の詳細な説明において「略垂直」とあるものがすべて「垂直」とされているほか、第七図のBと第八図のBが記載されておらず、文面上及び図面上、純然たる垂直以外のことが記載されていないのは被告指摘のとおりである。しかし、出願当初の明細書の実用新案登録請求の範囲は、「被包装物を盛付けしたトレーの上面にストレッチフィルムをオーバーラップして包装するトレーであって、トレーの開口部周縁の外側周面にフィルムとの接着性の良好な接着剤を塗布したことを特徴とする包装用トレー。」と記載されていて、トレーの開口部周縁の外側周面を「垂直」にすることを必須の構成としてはいないし、同明細書の考案の詳細な説明においても、前記(二)の(2)(3)(4)(7)と同趣旨の記載はなされており((2)につき乙9の五頁一ないし四行目、(3)につき同五ないし八行目、(4)につき同一六ないし二〇行目、(7)につき同一〇頁一四ないし一九行目)、実質的に見れば、前記のような多数個の重ね合わせたトレー群に対し、外側面の接着剤塗布面のみに一斉、均等かつ容易に接着剤を塗布できる程度に接着剤塗布面を露呈・連続させるという技術思想が開示されていたものということができるから、構成要件B(3)及びCを前記のように解したからといって「垂直」との文言を「略垂直」と補正したことが要旨変更を構成するとはいえない。また、第七図のB及び第八図のBについては、(二)(5)の明細書の記載からすれば、右記のような接着剤の塗布が可能であることを示す例として示されているにすぎず、それが不可能な程度に傾斜角が大きくなっている場合までを含むものとは解されないから、右両図を追加したことが要旨変更に当たるということはできない。

したがって、被告の右主張は採用できない。

(五) しかるところ、甲10及び検甲9によれば、被告トレーは、複数個を重ね合わせた状態で、露出した接着剤塗布面をスポンジローラに押し当てることによって、接着剤塗布面のみに一斉、均等かつ容易に接着剤を塗布できるものと認められるから、被告トレーは、本件考案の構成要件B(3)及びCを充足するものというべきである。

この点について被告は、被告トレーでは接着剤塗布面の傾斜角度が大きい上に、長縁が弧を描いて外側に湾曲しているから、塗布ローラによっては接着剤を均等に塗布することはできず、甲10によっても接着剤を均等に塗布できてはいないし、あえてそれをしようとして塗布ローラを押し付けると、トレーが変形して接着剤塗布面のみに接着剤を塗布することができないと主張する。しかし、甲10のみによっては実際に被告トレーにどのように接着剤が塗布されているか判然としないものの、甲10の方法によって実際に塗布を行った現物である検甲9を検する限り、特に接着剤塗布面への接着剤の塗布が大きくまだらになっていることもなく、接着剤はラップフィルムを接着するのに不都合がない程度には接着剤塗布面に均等に塗布されていると認められる上、接着剤が周壁上部にほとんど付着しておらず、実質的に見て周壁上部側面の接着剤塗布面のみに塗布されているといってよい状態にあると認められるから、特にこれらの証拠による被告トレーへの接着剤塗布結果を覆すに足りる証拠も提出されていない以上、被告の右主張は採用できない。

また被告は、被告では被告トレーの糊付けをスプレー塗布によって行っていると主張するが、そうであるとしても、右認定事実に照らせば右結論を左右するものではない。

3  次に被告トレーが本件考案の構成要件B(1)を充足するか否かについて検討する。

被告トレーにおいては、底板の中央部が緩やかに湾曲しており、厳密な意味で「平坦」といえないことは被告指摘のとおりである。しかし、本件考案の明細書を通覧するも、底板を平坦にしたことの技術的意義については特段の記載はなく、先に検討したところからしても、この点に本件考案の特徴があるわけでもないことからすれば、本件考案において底板を「平坦」なものとしたのは、内部に被包装物を入れる包装用トレーに多く見られる通常の形態を記載したものにすぎず、内部に被包装物を収容する際に底板としての機能を果たし得るという意味で実質的に平坦な場合をも含むものと解すべきである。

したがって、被告トレーのような底板の状態では、なお「平坦」というに妨げなく、被告トレーは本件考案の構成要件B(1)を充足する。

4  以上より、被告トレーは、本件考案の技術的範囲に属する。

三  争点3(原告は、被告に対し、被告トレーの製造・販売を承認したか。また、被告に過失はあるか)について

1  この点について被告は、被告トレーの販売を開始したのは、原告トレーの製造販売についての対外的な交渉権限を与えられていた長野ノバフォーム及び長野経済連から要請を受けたからであり、特定の六農協・支所へ被告トレーを販売する限りでの許諾を得ていた旨主張して、乙2を挙示する。

2  甲7、乙90、乙93、証人【E】の証言及び弁論の全趣旨によれば、被告が被告トレーを製造販売するに至った経緯について、次の事実が認められる。

(一) 本件考案の実施品である原告トレーの製造販売に関しては、従来から、デンカポリマーが製造を、原告会社が糊付けを担当して製造し、又は原告会社が製造全部を行って、長野ノバフォームが長野経済連に販売するという体制の下に事業が行われており、昭和六〇年ころまでには、長野経済連が購入するほんしめじ用の包装用トレーは、原告会社が関与して製造し、長野ノバフォームが販売するものだけとなっていた。

(二) しかし同年ころから、パック後にラップが破れて空気が流入し、ほんしめじに気中菌糸が発生する問題が頻発しており、その原因の一つとしてトレーへの糊付けに問題があることが指摘されており、長野経済連傘下の伊南農協では、長野ノバフォームにトレーの改良を含めた善処を求めていた。

(三) また、伊南農協では、訴外信越農機の製造に係るトレーも一部導入して気中菌糸発生試験を実施するなどして問題の解決に努めたが、解決は進まなかった。

(四) 気中菌糸による被害のため、伊南農協では、昭和六一年から同六三年にかけて、被害農家に対し、補償金を支払った。

(五) 長野経済連では、購入する資材の数量が、ある程度の規模になると複数の納入業者から購入するのが慣例である(二社体制と呼ばれる)が、それは、万一の事故等で納入が途切れることを回避するためと、納入業者を複数にすることにより品質及び価格競争をさせ、生産者により良い商品を供給することが理由である。

(六) 被告は、伊南農協の管内に工場を有していたが、伊南農協及び長野経済連の要請を受けて、平成元年四月から、被告トレーの製造販売を開始した。

3  また、甲7、甲8の2、甲9、乙2及び証人【E】の証言によれば、被告トレーの製造販売をめぐる原告側と被告とのやりとりについて、次の事実が認められる。

(一) 平成二年四月二七日、長野ノバフォームと被告との間で被告トレーの製造販売について話し合いがなされた。そのときに長野ノバフォームは、伊南農協片桐支所等の六農協・支所に対する一日当たり七〇ケース又は一月当たり一七〇〇ケースの製造販売の範囲内であれば被告による製造販売を認める旨の申出をした。しかし、両社の間では大幅な見解の相違があり、長野ノバフォームが再度同月二八日付書面(乙2)によって右申出内容の確認と被告の意見の修正を求めるともに、右申出の範囲を超える製造販売を中止するよう求め、中止されない場合には、実用新案権者たる原告【A】にこの問題の判断を委ねる旨申し入れた。

(二) これに対し、被告は、平成五年ころまで、原告側と連絡を取らなかった。

(三) 平成五年五月一一日、原告【A】は、被告に対し、被告トレーの製造販売が本件実用新案権を侵害するとして、製造販売の停止と過去の実施分の償いを求める内容証明郵便を送付した。

これに対し被告は、同月二一日、内容証明郵便で回答し、「本来ならば当社から貴殿に対して実施許諾の申入れをさせて頂くべきところ、対応が遅れましたことをお詫び致します。この度、実施許諾による解決もあり得るとの寛大なお申し越しを賜わり、当社としましてはこのお言葉に甘えさせて頂きたく考えております。実施料支払いの用意もございますので、近日中に条件等に関する話合いをさせて頂きたいと思います。」と述べた。

4  以上認定の事実からすれば、被告が被告トレーの製造販売を開始したのは、伊南農協及び長野経済連の要請を受けたことが契機となったことが認められ、しかも、前記2で認定した事実からすれば、右要請は強いものであったと推認される。

この点について原告【A】は、甲28において、原告トレーの不良品率は〇・二パーセント程度であったと述べているが、そうであるとしても、乙93の各記載によれば、当時伊南農協ではトレーの改善を重大問題としてとらえていたことが充分推認できるのであり、右認定を覆すものではない。

しかし、右以上に、長野ノバフォームが被告に対して被告トレーの製造販売を要請したとの事実は認めることができず、証人【E】(被告の取締役)もその旨の供述はしておらず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。また、被告は乙2を指摘するが、同書証によっては、前記3(一)のとおり長野ノバフォームが申出をした事実は認め得ても、具体的な実施許諾合意(しかも被告によれば無償の)が成立した旨を認めることはできない。

さらに、前記3で認定した事実からしても、原告らと被告との間には実施許諾契約が成立しているとは認められず、また、被告には許諾を得たと信じて侵害行為を行うことについて少なくとも過失があったと認められる。

5  よって、争点3に関する被告の主張は採用できない。

四  争点4(原告会社は、本件実用新案権について独占的通常実施権を有しており、被告に対し、本件実用権侵害について損害賠償を請求し得る地位にあるか)について

1  原告会社の独占的通常実施権の有無について

(一) 本件実用新案権の登録原簿(甲1)には、原告会社の通常実施権の登録はなされておらず、また、原告会社の独占的通常実施権を証する契約書も提出されていない。

(二) しかし、甲14、甲27、乙86、乙87、三で認定した事実に弁論の全趣旨を併せれば、次の事実が認められる。

(1) 本件実用新案権を実施した原告トレーの製造販売については、原告会社の関与がなされない態様での製造販売及び実施許諾はなされておらず、原告【A】自身も本件実用新案権を実施することはなかった。

(2) 原告会社は、原告【A】が代表取締役を務める会社であり、その一族で株式の大半を所有するとともに役員を占め、正社員は三名にすぎない。

(3) 原告会社から原告【A】には実施料の支払はなかった。

(4) 昭和六二年四月一七日から平成六年四月一一日までの間、日本ザンパック及び東包装システムこと【F】が本件実用新案権を侵害する包装用トレーの製造販売を行ったことについて、右日本ザンパックについては平成七年一月一四日、右【F】については平成六年九月三〇日、原告【A】との間で、原告【A】に対して本件実用新案権の実施料相当額の和解金を支払う旨の和解契約が締結された。

(三) これらの事実からすれば、原告会社は、原告【A】から、本件実用新案権について無償の独占的通常実施権の設定を受けていたと認めるのが相当である。

もっとも(二)(4)の事実からすれば、本件実用新案権の実施許諾を行う権限はなお原告【A】に留保されていたと推認されるが、このことが、原告会社の独占的通常実施権を認める障害にはならない。

2  原告会社の損害賠償請求資格について

被告は、実用新案権者でもその専用実施権者でもない原告会社には、被告に対して損害賠償を求め得る資格はないと主張する。しかし、独占的通常実施権者の場合には、単純な通常実施権者と異なり、契約上とはいえ当該実用新案権を独占的に実施する利益を有しているのであるから、当該実用新案権侵害を行った者に対しては、右独占的実施の利益を侵害したものとして、不法行為に基づく損害賠償請求をなし得るものと解すべきであり、このことは、本件のように、実施許諾権限が原告会社に付与されていなかった場合でも同様であると解すべきである。

したがって、原告会社は、被告に対し、損害賠償を請求する資格を有する。

五  争点5(被告トレーの製造・販売が本件実用新案権を侵害する場合に、原告らが被告に対して支払を求め得る金員の額)について

1  原告【A】が請求し得る金額について

(一) 被告の販売額について

甲12によれば、平成元年四月一日から平成三年一二月三一日までの被告トレーの販売量は一億七四五一万四二〇〇枚、販売額は六億三八八二万九〇三〇円であることが認められる。これに反する乙30の記載は採用できない。

(二) 本件実用新案権の実施料率について

(1) 甲14及び甲27によれば、かつて東包装システムこと【F】及び日本ザンパックが本件実用新案権を侵害する包装用トレーの製造販売を行ったことについて、右【F】及び日本ザンパックと原告【A】は、それぞれ実施料相当額としてトレー一枚当たり二〇銭を支払う旨の和解をしたことが認められる。

これよりすれば、本件において原告【A】が実用新案法二九条三項に基づいて請求し得る実施料の額は、トレー一枚当たり二〇銭とするのが相当である。

(2) これに対し被告は、右実施料率は販売単価の五パーセント強となり、しめじ本体の菌の実施料率が約一・八パーセントにとどまること(乙82)、原告【A】と訴外日本ザンパックとの和解契約では実施料率はトレー一枚当たり一〇銭とされていること(乙86)、被告トレーの製造は長野経済連の要請に基づくものであることの事実に照らして、不当に高額であると主張する。

しかし、甲27によれば原告【A】と訴外日本ザンパックとの和解金は(1)のとおり認められる(ただし一部は技術指導料名儀)上に、被告主張の事情を考慮するとしても、(1)のような前例が過去にある以上、原告【A】が(1)の実施料率を下回る料率で実施許諾をしたであろうと認めるに足りる証拠もないから、被告の主張は採用できない。

(三) 以上より、原告【A】が被告に対して不当利得として返還を請求し得る金額は、三四九〇万二八四〇円(0.2×174,514,200)であると認められる。

5 原告会社が請求し得る損害額について

(一) 前記のとおり、原告会社は本件実用新案権の独占的通常実施権者であり、本件実用新案権の実施による市場利益を独占し得る地位にある点で専用実施権者と変わるところはないから、実用新案法二九条一項及び二項の類推適用があるものと解すべきである。そこで、まず、主位的請求原因である同法二九条二項による損害額について検討する。

(二) 被告の販売量及び販売単価について

甲12によれば、平成四年一月一日から平成六年四月一一日までの各時期の被告トレーの販売量、販売額及び平均販売単価は、次のとおりであると認められる。これに反する乙30の記載は採用しない。

(1) 平成四年一月一日から同年一二月三一日まで

一億一五七八万三五〇〇枚

四億三五〇九万六〇六〇円

三・七五八円

(2) 平成五年一月一日から同年一二月三一日まで

一億二〇三八万八八〇〇枚

四億四七一四万四二〇一円

三・七一四円

(3) 平成六年一月一日から同年四月一一日まで

三三五七万四八〇〇枚

一億一九三八万八二七六円

三・五五六円

(4) 合計

二億六九七四万七一〇〇枚

一〇億〇一六二万八五三七円

三・七一三円

(三) 被告が右販売によって得た利益の額を算定するに当たって、控除すべき費用額について(実用新案法二九条二項による請求について)

(1) 被告は、被告が被告トレーの製造販売を行うに当たって要した費用の額は、別表1記載のとおりであると主張するところ、同別表記載の各数値を被告が支出したこと自体は、乙33ないし乙62によりこれを認めることができる。原告らは、原告自身の費用との比較等により、これらの数値自体(特に人件費)の信用性を否定するが、被告の主張は内部資料(乙33ないし乙62)を提出した上でのものであること、後記のとおり原告ら主張の原告会社の利益額が採用し難いこと、乙21と乙87によれば、被告が従業員二五〇名を擁する組織の整った企業であるのに対し、原告会社は正社員わずか三名の家族的企業であると認められ、経費率において大きな相違が生じるのが通常であると考えられることからすると、被告の開示した右数値の信用性を否定することはできない。

なお、被告による費用の開示は平成四年四月ないし九月と平成六年の時期のものしかなく、しかも平成六年は本件の請求期間でない期間を多く含むものであるが、本件においては、原告会社の請求期間が平成四年一月一日から平成六年四月一一日であることを考慮すると、被告によって開示された平成四年四月ないし九月と平成六年三月から平成七年四月の数値の平均値を採用すれば、なお、請求期間を通じた平均値の近似値として損害額算定の基礎として使用することが可能であるというべきである。

(2) ところで、実用新案法二九条二項は、侵害行為を行った者が当該行為により受けた利益の額をもって権利者等の損害の額と推定する旨規定しているところ、この規定は、実用新案権が侵害された場合に権利者が侵害行為と損害との因果関係を立証することが一般に困難であることに鑑みて設けられたものであるが、さらに逸失利益の立証の容易化を図る趣旨で、平成一〇年の実用新案法の改正により、同条一項として、侵害者の譲渡した侵害品の数量に権利者が侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を損害の額とすることができる旨の規定が新設されたものである。これらの規定の趣旨を総合して考えると、同条二項にいう「利益の額」とは、侵害者が侵害行為によって得た売上額から侵害者において当該侵害行為たる製造・販売に必要であった諸経費を控除した額であると解するのが相当である。

(3) この観点から、被告主張の別表1の費用項目について検討する。

ア まず、成型工程における直接作業労務費については、工場においてトレーの製造作業を行うのに直接要する労務費であり、これを控除の対象とすべきことは明らかである。

イ 次に成型工程における製造間接費について検討する。

被告の主張によれば、製造間接費の中には、〈1〉工場において、準備、故障の修繕、ミーティング、後作業等の、直接製造に携わった時間以外のために要する労務費、〈2〉直接の製造作業には携わらない工場長の労務費、〈3〉工場における旅費交通費、発送配達費、修繕費、水道光熱費、消耗品費等の製造に係る諸経費であって、個別製品の経費としての計上が困難なもの、の三種類のものが含まれるということである。

このうち、〈1〉及び〈3〉については、被告会社において被告トレーを追加的に製造するに当たって発生する費用であると考えられるから、これらは控除の対象とすべきであるが、〈2〉については、被告においても、トレーの増産によって増加する経費とは考え難い。したがって、〈2〉については、これを控除すべき経費と認めることはできない。

もっとも、別表1中の製造間接費中、右〈2〉に相応する金額は判然としないが、費目の性質からして、それらの三分の一を上回ることはないと考えられるから、製造間接費としては、別表1の額の三分の二に相当する額を控除するにとどめるのが相当である。

ウ 次に、成型工程における材料費、梱包工程につき検討するに、これらはいずれもトレーの増産に伴って追加的に発生する費用であることは明らかであるから、控除の対象とするのが相当である。

エ 次に糊付け工程における費用について検討するに、被告伊那工場における糊付費用については、先にアないしウで述べたところが同様に妥当する。したがって、直接労務費、製造間接費の三分の二及び糊代単価を控除の対象とするのが相当である。

また、被告が長野コバヤシに糊付けを委託していた費用については、トレーを追加的に製造するに当たっても発生する費用であると考えられるから、控除の対象とすべきである。

オ 次に、梱包費については、トレーを追加的に製造するに当たっても発生する費用であると考えられるから、控除の対象とすべきである。

カ 最後に、営業経費については、乙82及び乙83によれば、被告トレーにも農家から品質上の問題点が指摘され、その改善のための協議を要したことが認められ、このように被告が被告トレーの販売をするに当たって営業経費が必要となったことは認めることができる。そして、乙21及び弁論の全趣旨によれば、被告の主張する営業経費は、被告の農業資材事業部のうちの販売部において被告トレーを担当する農業資材二課の全経費を、同課の所管する商品別売上高の割合に基づいて按分したものであり、純粋の管理部門である管理部(ここには経理課、人事課及び電算課が置かれている。)に要する経費は入っていないと認められるから、被告主張の営業経費は、それなりに合理的なものと考えられる。

したがって、営業経費についても、控除の対象とすべきである。

キ 以上の検討に従い控除すべき経費をまとめると、別表3のとおりとなる。そこで、被告が開示した二時期の平均をもって本件請求期間中の費用と見るべきものとした上、被告が被告トレーの製造販売に要した単位利益を算定すると、別表4のようになる。なお、被告は、利益の算定に当たって、右二時期に対応する各時期の単価を売上額として用いているが、売上単価は各時期によって変動するのであり、しかも右二時期の経費の平均値をもって通期的な経費額と把握すべき以上、先に認定した各時期の平均単価から右の平均経費額を控除することによって単位利益を算定すべきである。

(4) 前記(二)において認定した販売量及び販売単価と右(3)において認定した控除すべき費用を組み合わせて、本件請求期間中に被告が被告トレーの製造販売によって得た利益を算定すると、別表4のとおり、七九六三万四七九七円と認められる。

(5) これに対し、被告は、実用新案法二九条二項の適用に関し、原告には生産を拡大する能力がなかったとか、被告の参入は長野県連の要請に基づくものであると主張する。

ア まず、原告会社の生産能力については、確かに乙3によれば、長野県におけるしめじの生産量は平成元年以降、急激に増加したことが認められ、乙17によれば、長野ノバフォーム取締役兼営業部長の【G】自身が、糊付けトレーの開発に取り組んだ後、「本しめじの生産量がどんどん拡大する為、トレーの生産がきのこの生産に追いつくのがやっとで、機械化に適したトレーの生産と糊付技術の向上が皆様方の御期待に添えなかったのが実情でした」と述べていることが認められる。また、乙22ないし乙24及び証人【E】の証言によれば、被告は、昭和五九年一〇月から一一月にかけて、長野ノバフォームから糊付けトレーの製造を依頼されて、それを製造・供給したことが認められる。しかし、昭和五九年の出来事は一時期のことにすぎず、昭和六三年までは原告トレーのみが長野経済連に供給され、乙93によっても、伊南農協の側が原告トレーの生産能力に危惧を抱いていたことを窺わせるものはないから、甲22を併せ考慮すれば、被告の製造販売量程度であれば原告会社にとっても製造能力があったと認めるのが相当である。

したがって、原告会社の製造能力に関する被告の右主張は採用できない。

イ 次に、被告トレーの製造・販売がなければ原告会社が販売できた数量について検討するに、前記三で認定したとおり、昭和六三年当時、伊南農協は、原告トレーの改善を重大問題としており、被告による被告トレーの製造販売開始は、伊南農協及び長野経済連からの強い要請に基づくものであった。また、長野経済連には、供給される農業資材について、一社のみの独占供給体制を認めず、価格競争と安定供給確保の両面の理由から、二社供給体制を敷くことを方針としており、しめじ用トレーについては長野経済連が唯一の購入者であったのであるから、新業者の参入に当たっても長野経済連の意向が大きな影響を及ぼしたであろうことは容易に推認し得るところである。

このような事実からすれば、平成元年四月の時点で早晩他の業者が長野経済連に対するしめじ用トレーの製造販売を開始したであろうと推認することができ、その場合、原告会社又は原告【A】としては新規参入業者から実施料を徴収するにとどまったであろうと考えられる。

しかし、本件全証拠によるも、新規参入業者がどの時点で参入したはずものか、またその場合にどの程度の量を販売することになったのかについて、それらを確定するに足りる証拠はなく、さらに、その場合に原告会社の受けた現実の損害額が、先に算定した被告の利益額を下回ることを認めるに足りる証拠もない。

したがって、長野経済連の方針に関する被告の主張も、実用新案法二九条二項の推定を覆すものとしては採用することができない。

(四) 実用新案法二九条一項又は民法七〇九条に基づく予備的請求1について

(1) 実用新案法二九条一項は、先に述べたとおり、実用新案権者等がその権利を侵害されたことにより、侵害者に対して損害賠償を請求する場合の逸失利益の簡易な算定方法を定めたもであり、この場合に、権利者等が得られたであろう単位利益を算定するに当たっては、権利者等が追加的な売上を得るに当たって、どのような費用が追加的に必要になったかを考慮に入れて判断することが必要であると解される。またこの点は、民法七〇九条に基づく場合も同様である。

(2) しかるところ、原告らは、〈1〉原告会社が原告トレーを製造し、長野ノバフォームに販売した場合には、別表2の1のとおり、トレー一個当たり一・五三九円の利益が得られたこと、〈2〉デンカポリマーがトレー本体を製造し、原告会社が糊付けを行ったものを長野ノバフォームに販売した場合には、別表2の2のとおり、トレー一個当たり〇・七〇五円の利益が得られたと主張する。

原告ら主張に係る費用額は、いわゆる製造原価のみを積算したものと認められるが、先に認定したように、原告会社の正社員は三名にすぎず、対長野経済連関係の営業活動はすべて長野ノバフォームが行っていたことからすれば、原告会社が追加的に原告トレーを製造したとしても、製造原価以外に発生する費用はなかったか又はあったとしても微々たるものであったと推認することはできる。

しかし、原告ら主張の利益率は、〈1〉の場合には四八パーセント、〈2〉の場合には八二パーセントもの高率に達するものであるが、その裏付けとなる資料については、原材料費等については伝票が提出されているものの、利益率を大きく左右すると考えられる人件費及びその他経費については、原告【A】の陳述書があるのみで、原告会社の経理・財務資料といった客観的証拠が提出されていない。原告らは、甲24及び25の存在を指摘するが、乙89及び弁論の全趣旨に照らして、それらの記載が標準的なものであるとは直ちにいえない。

また、帝国データバンクによる推定調査(乙87)では、平成三年九月期から平成五年九月期の平均売上高当期利益(税引後利益)率は一パーセント余となっており、原告らの主張する利益率(これは売上高から製造原価のみを控除した粗利益率に相当するものと考えられる。)と著しい格差がある。この点について原告らは、右数値は正確でないと主張するが、さりとて原告会社の実際の利益率を右以上に明らかにする証拠はない。右乙87の調査は、原告会社から財務諸表の入手ができなかったため、側面調査による推定に基づくものではあるが、一定の信頼性のある調査会社の調査結果であるから軽視することは相当でない。また、原告らは、右調査による利益額は税引後利益であり原告主張の利益とは控除対象となる費用に大きな差があり、原告会社では研究開発費や他商品の赤字補填に多額の費用を支出していると主張するが、そのことを明らかにして、前記のような利益率の格差を的確に説明し得る証拠はない(なお、前記のような原告会社の規模及び形態からして、売上に左右されない固定費用の額はさほど大きくないと考えられる。)。

以上よりすれば、原告ら主張の原告会社の単位利益額はにわかにこれを採用することができず、他に、前記被告の単位利益額より大きな単位利益額を認めるに足りる証拠もない。

(3) したがって、実用新案法二九条一項又は民法七〇九条に基づく損害額については、それによる損害額が実用新案法二九条二項による損害額を上回らないから、主位的請求原因である後者の額をもって、本件において被告が原告会社に対して支払うべき損害額とする(なお、予備的請求2である実用新案法二九条三項に基づく請求については、その請求額自体が前記主位的請求原因による損害額を下回っているから、判断する必要がない。)。

第五  結論

以上によれば、原告【A】の被告に対する請求は理由があり、原告会社の被告に対する請求は主文二項の限度で理由があるから、主文のとおり判決する。

(平成一一年六月一四日口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 高松宏之 裁判官 安永武央)

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